2005年05月19日
前園真聖 引退
残念。本当に残念。
まだやれただろうになあ‥。
全盛期の自分のプレーを結局取り戻せなかったこと、
海外で成功できなかったということがモチベーションを
下げてしまったのかな。
28年ぶりに出場を果たしたアテネオリンピック予選。
城、川口、伊東テル、服部、そして中田英。
個性の強い連中をひとつにまとめたのは間違いなく
前園のキャプテンシーであり、図抜けた実力があったからこそ。
あの頃のドリブルは前を向けばアジアレベルでは
ファウルで止めるしかなかったもんなあ。
その後、アトレチコマドリーへの移籍話が立ち消えに
なってから明らかにプレーの輝きが消えていく。
CMなどに出まくったことで奢ってた面も事実だろうし。
J2にいったり、ブラジルにいったりと迷走を続け、
緑に戻ってからはようやくレギュラーをつかみかけ、
久しぶりにゴールを決めたかと思えばそのプレーで骨折し
その後ポジションを失う。
そして韓国で2年プレーをしたもののレギュラーポジション
獲得にも至らなかった。不運もあったけれども、晩年は
本当に不遇だった。加茂ジャパンに召集されなくなったのが
97年。まさか周囲も本人もそれが最後のジャパンブルーを
着る機会になるとは思わなかっただろうな。
黄金世代といわれたあのアトランタ世代も、気づけば
マリノスの遠藤、松田、ジュビロの服部、川口、田中、鈴木秀、
ベルマーレの白井、エスパルスの伊東、サンフレッチェの下田、
ガンバの森岡、横浜FCの城、ヴァンフォーレの小倉
そしてフィレオンティーナの中田英寿と随分減ってしまったね‥。
あのメンバーはほんとに熱かった。金子達仁が余計なことを
したので解散後しばらくトラブルが耐えなかったけどね。
結局、日本ではカズに並ぶ知名度を持ちながらつぶれてしまった
前園は残念ながら勘違いして道を誤った典型的な例となってしまった。
だけど、あの頃はJが持ちこたえるかどうかも危うい状態で、
アトランタ、フランスに出れなければJリーグ自体存続できなかったと
思う。そのくらい選手もサポーターも本当にモチベーションが高かった。
その先頭に立って歴史を切り開いた功績はとてつもなく大きい。
彼抜きにあの世代の栄光を語ることは出来ない。
輝いた期間は思ったよりも短かったけれど、
あの熱い95年を僕らは決して忘れない。
(5/19 22:20追記)
なんと、ラモスが引退撤回を迫ったらしい
えらいぞラモス。Jに戻れるかどうかは別としても、やはりあなたは
現場が似合う。っうかテクニックはあるんだからフィジカルコンタクトが
サッカーほどじゃないビーチサッカーやフットサルも手かもしれないね。
投稿者 たか : 20:52 | コメント (0) | トラックバック (4)
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