2005年11月24日

沢登正朗 引退

ニッカン「ミスターエスパルス 沢登が引退」

覚えてますか?
Jリーグ初代新人王は彼だったことを。

時の流れを実感せずにはいられません。
松波、相馬、そして沢登。

オフトジャパンの頃から選出されながらも、
代表とはあまり縁のない選手でした。
ファルカン監督時レギュラーだったのと、
オフト時代の1次予選、アウェーUAE戦で
同点ゴールを決めたのを覚えています。

東海第一時代から知っていましたが、
清水入団以来、不動のレギュラーとして君臨。
ミスターエスパルスとして不動の地位を築きました。

忘れられないのは99年のジュビロとのチャンピオンシップ第2戦
その年のジュビロは4月に現在のACLの前身であるアジアクラブ選手権を
制し、名実ともにアジアナンバーワンとして君臨していた。
名波や服部、中山などが熟成を迎えていたあの世代は
未だにJ最強だったと自分は思ってますが、エスパルスも
サントス、三都主アレサンドロ、戸田和幸、伊東輝悦などを擁し、
セカンドステージを制しました。

第1戦はジュビロが延長Vゴールで制し、迎えた2戦目。
ジュビロが前半34分に服部のダイレクトボレーで先制点を奪い、
直後アレックスが一発退場。1人少ない。2試合合計で2点のビハインド。
あのとき日本平スタジアムの雰囲気が明らかにネガティブな雰囲気になった
のを覚えています。

そして、その直後の37分に沢登が直接FKをゴールに叩き込む!
そこから流れが一変。清水は人数が足りないのをものともせず互角の戦いを
繰り広げ、ついに延長Vゴールで磐田を破りました。結局PK戦で敗れ
Jタイトルを獲ることは出来なかったものの、当時の磐田をタイトルが
かかった試合で勝つことが出来るのは鹿島だけだと思われていた時代。
あれだけの名勝負を見れたのは幸せでした。

思えばエスパルスも、沢登自身もキャリアのピークだったように思います。
残念ながら、その年をピークにエスパルスは順位を落としていきました。
沢登も怪我などもあり、出番も減った晩年も
スーパーサブとして流れを変える役割を果たしていました。

まだまだ出来そうな気がしたんだけどなあ…。
でもきっとサッカー王国清水の復活のために、
すぐに戻ってくると思います。J1も後2節となってしまったけど、
天皇杯を含め、希代の名手たちの最後のプレーを、目に焼き付けておきたいです。

投稿者 たか : 14:23 | コメント (2) | トラックバック (0)

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コメント

エスパサポのまろといいます。
いまだに澤登の引退の件については、どのように
受け取ったらいいのかわからない・・というのが本音です。
でも、チームの壁を超えて、多くの人が澤登の
引退について語ってくれていることは、エスパサポ
として幸せです。
ここ数年低迷してもらったエスパルス。でも、いつかまた
あの日のように強くなり、みなさんと面白いサッカーが
出来ることを楽しみに、応援し続けようと思います。

投稿者 まろ : 2005年11月24日 16:40

>まろさん
はじめまして。彼はファンタジスタって感じではなかったけれど
骨太のトップ下という印象でした。磐田時代の藤田に通じるというか
消える時間が殆どなく、いるべき場所に彼は必ずいる。そんな選手
だったように思います。晩年も彼が交代で入ると流れがガラッと
変わるのがよくわかりました。

清水のゴール裏の昔から変わらない応援と(エスパルスの応援は
評判がいいです)強かった頃のつなぐサッカーは大好きでした。
復活を祈ってます。太田は良い選手ですね。

投稿者 たか : 2005年11月28日 14:36

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