2006年06月28日
ジーコジャパン検証その2~監督編前編~「就任の背景」
さて、一番気の重い分野が…w
まあ言い出した以上書かないとね。
彼が就任した背景をまずは書いておこうかと。
「個の力を生かすサッカー」
ジーコジャパンの産声がこれでした。
任命したのは川淵キャプテンであり、JFAですが、
僕ら自身の中で求めていたのも事実だと思うのです。
当時、日本サッカーはドーハ以後、28年ぶりの五輪出場で
しかもブラジルを倒し、フランス大会で念願のW杯初出場を果たしました。
以後ワールドユースは全て出場を果たし続けていますし、
小野伸二らのナイジェリアユース大会では準優勝という快挙を成し遂げ、
シドニー五輪ではベスト8、そして2002年では開催国というアドバンテージが
あったとはいえ、W杯初勝利、そして決勝トーナメント進出というノルマを達成。
短期間でこれほどまでの実績を上げた国は他に存在しなかったと思いますし、
2000年アジアカップでの圧倒的な優勝により、「日本はアジアで一歩抜けた」
とアジア諸国からも認められつつあった。
そして2006年は黄金世代といわれた小野伸二らのナイジェリアユース組、
そして中田英寿、中村俊輔などのシドニー世代がちょうど脂の乗る年齢で、
「日本が最高成績を修めるとしたらここだ」という声は随分前から挙がっていました。
そして同時に、日本はオフトから始まったプレッシングサッカーを加茂-岡田、
トルシエと継続していくことで、組織的なサッカーレベルはかなり高いレベルで
洗練されつつありました。
それこそがベスト16の大きな力となったと同時に、トルシエのシステム重視に
一部選手やマスコミからの根強い批判があったのも事実で、トルコ戦の
あの消化不良の敗戦が
「組織では限界があるのではないか」
にリンクしてしまったように思えてならないのです。
トルシエ退任後に選手から出てきた監督批判、試合中に監督の指示を守らず選手たちの
判断で戦術を修正したことが美談として語られ、あげくは、「選手の力で勝った」
「誰が監督をやってもあれくらいは出来た」などのネタとしか思えない言説が氾濫します。
この背景には「日本代表はまだまだこんなもんじゃない」という自負が見え隠れして
いましたし、加茂-岡田、トルシエが共に当初はポゼッションを志向していながら、
志半ばでカウンターサッカーに方針転換していたことでフラストレーションも
溜まっていたのでしょう。
監督未経験で欧州路線からの変更、川淵氏の独断という突っ込みどころの多すぎる
ジーコの就任を危ぶむ声は各所で聞かれましたが、熱烈に賛成する声もありました。
「黄金の中盤」「ノルマは最低ベスト8」はあまりに魅力的な響きでしたし、
かってJリーグ入りすら危ぶまれた鹿島アントラーズを強豪チームに育てあげ、
現役時代は名選手であり、日本サッカーを愛してくれているジーコならば
僕らの知らないステージに連れて行ってくれるのではないか。
そんな期待があったように思います。
事実、反対派だった自分自身も「見てみたいな」という気持ちは多少ありましたし、
何より専門誌含むマスメディアの支持がハンパじゃなかった。
デビュー戦となったジャマイカ戦。実況が「なんて面白いサッカーなんだ!」
とさけんでいましたが、あれは演出が半分と、実況の中の人自身が
本当に幸せそうでしたしw半分本心だったと思います。
まあ、後半は知ってのとおり超グダグダで引き分けに終わり、中の人は
泣きそうになっていましたが…。ってことで背景終わり、続きは中編で。
投稿者 たか : 11:05 | コメント (0) | トラックバック (0)
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