2006年08月15日
デモを振り返る(1)
ども。今更ながらカミングアウト。
スタッフやっとりました。
僕ら、川淵会長にレッドカード!実行委員会は
2006年8月9日をもって解散しました。
で、HPも間もなく最終更新を迎えると思いますが、
今のところまとめサイトを作る予定など聞いていませんし、
主催者や中心人物ではない、一スタッフとしての視点で
書いてみるのも記録としてはアリではないか、という
ことで自分が書いてみようかと。
まず先に断っておきますが、デモの参加人物の詳細など
には一切触れませんし、コメントされても答えるつもりも
ありません。僕は全てを知る立場ではありませんし、
そもそもそれを知ったところでネットの中でネタになる
以上のものはないと思うので。
一応全4回で終了する予定です。このクソブログを
読んでるモノ好きなら知ってると思いますが無駄に長文です。
内容もたいしたものではないと思うのであまり期待しないで
いただければ恐縮です。
・6月下旬~7月上旬頃
ドイツの結果を受けて、しかも会見でのあの発言。
川淵会長及びJFAに激しい怒りを感じつつ、何らかの行動
に移せないかと思っていた。
同時に、ブログやネットで いくら叫んでも世間には殆ど何も
響かない現実も痛感していた。 かといって、デモをやるって
のも二番煎じみたいでどうかな…と。
何かもっと違うアプローチをしたいなと思っていた。
自分が最初参加したのはダバティ出馬プロジェクト。
彼の能力や理念にはかなり疑問をもっていたけれど、
彼を何とか次回選挙の出馬にまでかつぎあげられれば
例え誰も投票してくれなくても意義があると思ったし、
サポーターに近い目線で動いてくれるのでは、という
淡い期待というか願望があった。
だが、どうやら彼はブログであの突っ込みどころの
多い十案を公開する以外、具体的な行動プランを
もっていなかった。協力者を求めるようなことは書いて
あったけれど、それを呼び込むための自発的な計画や
行動が全く見えてこなかった。
というかその気すらなかったようだ。(彼から外部に
向けて支持を広げようというリアクションは少なくとも
サッカー界の中では特になかったと聞いている)彼は
支持者を求めていたようだけど それは必ずしも
サポーターである必要はなかった。
それが明らかになると、プロジェクトを支援しようと
する流れが一気にグダグダになっていく。自分自身
もったいねーなーと思いつつ、フェイドアウトの
予感を感じていた。
僕がダバティプロジェクトに参加した理由は、手法として
面白いと思ったからだが、その時点ではそれほど
深く関わるつもりもなかった。実際他のメンバーも
数年後に実現すればいいな的な気の長いスタンスを
とる人が多かったように思う。
そしてその中でただ1人、積極的に早い段階での擁立を
成し遂げようとしている人がいた。現実的では
ないと思いつつも、その行動力には感心していたので、
意見交換をたびたび行っていた。
しかし、どう見てもこりゃ駄目だろって段階まで
到達しつつあったので、別件の呑み会でお逢いした
時にやんわりとダメ出しをさせてもらった。
僕の中ではこの日をもってこの件は終わったつもりだったし、
事実ダバティプロジェクトはその後流れ解散のような形で終了する。
ところが、この呑み会はいろんなコアサポが
集まっていて、そのうちの1人が「デモをやろう」
と提案したという。この提案が後の大きな動きに
つながっていくことを、この時の僕は知るよしもなかった。
投稿者 たか : 01:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
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